ミッドウェイ海戦

1 飛龍の奮闘(昭和十七年六月五日)  

「全機今ヨリ発進、敵空母ヲ殲滅セントス」

南雲機動部隊の主力空母「赤城」「加賀」「蒼龍」が被弾、炎上すると、唯一健在であった「飛龍」に将旗を掲げていた第二航空戦隊司令官 山口多聞少将はこう打電し、米機動部隊攻撃隊を発進させた。

○七五八、最初に出撃したのは小林道雄大尉率いる第一次攻撃隊、九九艦爆十八機と護衛の零戦六機。
第一次攻撃隊は、○八五五、「ヨークタウン」を発見したが、攻撃隊を待ち構えていたF4F「ワイルドキャット」戦闘機隊に九九艦爆十機が撃墜されてしまった。
残る八機は果敢にダイブし、対空砲火で三機が撃ち落されたが、残る五機は三発の250s爆弾を「ヨークタウン」に命中させた。
一発めは煙突をつらぬいてボイラー室に飛び込み、一つをのぞいたすべてのボイラーを爆発させ、「ヨークタウン」を一時航行不能にさせた。
二発めは飛行甲板で爆発し、大きな穴をあけたので、艦載機は発着艦できなくなり、三発めは弾薬庫と航空燃料タンク付近で爆発した。
第一次攻撃隊の損害は九九艦爆十三機、零戦三機であった。

一○三一には、友永丈市大尉が指揮する第二次攻撃隊、零戦六機、九七艦攻十機が「飛龍」を発艦した。
第二次攻撃隊は、一一三○、米空母を発見したが、この空母は損傷を受けているようには見えなかったので、友永大尉は第一攻撃隊が攻撃したものとは別の空母と判断した。・
しかし、これは懸命の復旧作業で再び動き始めた「ヨークタウン」であった。
友永大尉が突撃を下命したとき、F4F戦闘機約三○機が襲いかかってきたが、零戦六機がこれに応戦し、十機の九七艦攻は熾烈な対空砲火をかいくぐり、「ヨークタウン」に二本の雷撃を命中させた。
友永大尉機は、魚雷発射の体勢に入ると、エンジン付近から火を吹き、黒煙を引きながら「ヨークタウン」に体当たりした。
この攻撃で「ヨークタウン」は再び航行不能となり、浸水のため左舷に26度傾斜したので、一一五五、総員退去が下命された。
日本側は、友永大尉機を含む九七艦攻五機、零戦二機が失われた。

下の写真は第二次攻撃隊の発艦シーン。この後、「飛龍」は被弾、炎上し、沈没してしまうので、これが「飛龍」最後の攻撃となった。
キットはニチモ1/500「飛龍」。


 

護衛の零戦隊は、機体後方の青帯二本の「飛龍」搭載機四機、赤帯二本の「加賀」搭載機二機。
九七艦攻は、「飛龍」搭載機九機と「赤城」搭載機一機。
九七艦攻は上面が濃緑色なのでわかりにくいが、「飛龍」搭載機は機体後方に青帯二本、「赤城」搭載機は赤帯一本(奥の列の一番後ろ)。
「赤城」「加賀」搭載機は、母艦が炎上したため「飛龍」に着艦したもので、飛行甲板上の配置は推定。


一○三八、「飛龍」は第一攻撃隊を収容。同時に着艦した「蒼龍」の二式艦偵(のちの艦爆「彗星」)の報告により、米空母は三隻であることが判明した。
第一次攻撃隊が一隻、第二次攻撃隊がもう一隻撃破したので、残るはあと一隻。こう判断した山口少将は、残存機による薄暮攻撃を決断した。

一二四五、第二次攻撃隊を収容すると、山口少将は、一三四○、第三次攻撃隊を一五○○に発進させることを全軍に打電した。
その時使用できる艦載機は、わずかに零戦三機、九九艦爆五機、九七艦攻四機、合計十二機だけであった。

一方、米機動部隊も執拗に「飛龍」に攻撃を仕掛けてきた。
一一三○、「ヨークタウン」の索敵機が「飛龍」を発見すると、第16任務部隊司令官 レイモンド・A・スプルーアンス少将は、「エンタープライズ」から二四機のSBD艦爆、「ホーネット」から一六機のSBD艦爆を発進させた。
「エンタープライズ」の艦爆隊二四機のうち一四機は、母艦が発着艦不能になったため「エンタープライズ」に着艦した「ヨークタウン」搭載機であった。

一三四○、「エンタープライズ」から発進したSBD艦爆隊が「飛龍」を発見。
上空の零戦が迎撃体勢に入り、「飛龍」は必死に回避行動をとり、対空砲火で応戦したが、一四○三、四発の450kg爆弾が「飛龍」に命中した。
早朝から「飛龍」に来襲した敵機はのべ七○〜八○機、魚雷二六本、爆弾七○発以上を回避した「飛龍」も、ここでついに被弾、炎上してしまった。
その後、懸命の消火活動が続けられたが、火災は下甲板に広がり機関が停止し、弾薬の誘爆があいついで起こったため、翌六日の○○一五、総員退去が下令された。
「赤城」「加賀」「蒼龍」のかたきを打とうと孤軍奮闘し、「ヨークタウン」を撃破した「飛龍」は、翌朝まで漂流していたが、駆逐艦「谷風」が現場に駆けつけたときには、すでにその姿は波間に消えていた。
名将 山口多聞少将は、「飛龍」艦長 加来止男大佐とともに、艦と運命をともにした。

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